座談会

まち×働く×子育ての現在、
そして未来

まちで働きながら子どもを育てている人はたくさんいるけど、その人たちを取り巻く環境は今どうなっているんだろう?
働き方改革や保育園問題がクローズアップされる中、まちや企業はどう対処しているんだろう?
「まち」「働く」「子育て」をキーワードに、それぞれの分野に携わる3人がクロストークを展開。自身も2児のママである猪熊研究員がファシリテーターを務め、まちの子育ての現状と未来について語り合いました。

  • 札幌市子ども未来局
    子育て支援部
    子育て支援課長

    田村 博美

  • 公益財団法人さっぽろ
    青少年女性活動協会
    札幌市男女共同参画センター
    事業係長

    菅原 亜都子

  • 札幌駅前通まちづくり株式会社
    代表取締役社長

    白鳥健志

  • ファシリテーター
    NPO法人札幌オオドオリ大学
    学長

    猪熊梨恵

※敬称略

まちなかで働く女性の子育てに
必要な支援とは?

猪熊 働き方や家族のあり方が多様化する中、行政や民間からの働きかけによる働き方改革が進みつつあります。こうした状況の中で皆さんが考えていること、それぞれの立場で実践していることを伺いたいなと思います。

白鳥 当社は社員16名のうち半数が女性社員です。割合として多いと言われるけれど、僕はまちづくりにおいて女性の存在が重要と考えているので、これが普通だと思っています。当社でも産休中の女性社員がいますが、産休育休のあとに職場復帰してまちづくりを担ってもらうために、会社からの子育て支援として、子ども1人につき月額補助を行っており、当面は就学まで続ける予定です。今のところ補助対象者は少数ですが、今後さらにケースが増えることも考えられますから、国の企業支援制度などを活用しながら継続していきたいと思っています。

猪熊 札幌駅前通まちづくり(株)の近隣はオフィスエリアなので働くお母さんもたくさんいると思います。他社の取り組みなどはご存じですか?

白鳥 このあたりは大企業が多いので、保育園の確保などはきっちり対応しているようです。ただ、まちなかにもっと保育園がほしいという声も多く聞かれるので、まち全体として考えていく必要があると思います。

猪熊 札幌駅前通まちづくり(株)のように子育てしながら働きやすい会社は増えつつあると思いますが、菅原さんは現状をどのように捉えていますか?

菅原 企業によって子育て支援の対応にかなり差があり、今まさに過渡期だと思いますね。たとえば、札幌市男女共同参画センターが運営する女性のためのコワーキングスペース「リラコワ」*では、東京の企業に在籍しながら札幌に住んで子どもを育て、札幌の取引先を担当しながら起業の準備をしている人もいて、すでに女性の働き方の現実が変わってきているのを実感しています。自ら動き始めている女性を見ると、国や企業による制度づくりや環境の整備も大切なのですが、むしろ女性たちをサポートする施策の方が現実的かもという気もしますね。これまでは女性たちが「仕事か子育てか」と選択を迫られていたのが、今の子育て世代に「仕事も子育ても諦めない」という姿勢が見え始めているように感じます。

白鳥 菅原さんが紹介してくれたパラレルワークの事例は、国が推進する働き方改革においても少子化に伴う人手不足の解消策のひとつに挙げられています。国や企業の動きを先取りした女性の柔らかな働き方は、今後拡大していくかもしれませんね。駅前エリアだけでも約800企業・3万人のビジネスパーソンがいて、その半数が女性であることを踏まえると、これからの企業活動やまちづくりにおいて女性の存在は大きい。最近は都心部にも保育園ができてきましたし、当社としても保育園創設の働きかけをしていきたいと思っています。

[リラコワ]*
札幌市男女共同参画センターが運営する女性専用コワーキングスペース。女性の起業支援を中心とした情報提供や交流会、各種セミナーなどを行っています。
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リラコワの様子

働き方に合わせて保育園を選びたい!
でも実情は……

猪熊 都心部に保育園ができるのは働くパパ・ママにとってうれしいことですが、札幌市全体の保育園の状況はどうなのでしょう。

田村 全国の自治体と同様、札幌市も保育園不足が大きな課題です。市としても定員を増やす努力はしていますが、保育士の確保が難しく、実際の受け入れ人数が確保できていないのです。最近は保育の質をどう確保するかという問題もありますね。また、まちなかの保育園は勤め先に近くすぐに迎えに行ける一方、通勤ラッシュに巻き込まれる子どもの負担も気になります。

白鳥 僕は以前「保育園がどこにあったらいいか」というテーマで独自にヒアリングしたことがあるのですが、まちなかの保育園を希望する人の多くが「残業が多いので自宅近くの保育園だと間に合わない」と回答しました。一方、自宅の最寄駅に近い保育園を希望する人は「子連れ通勤は子どもにも自分にもストレス」という回答でした。それぞれの考え方や事情に応じて保育園を選べればよいのでしょうが、ジレンマを抱えている家庭は多いでしょうね。

田村 第1希望の保育園に入れなかった場合は、各区役所に配置している「保育コーディネーター」*を活用してほしいですね。それぞれの家庭の事情を伺い、条件に合う別の保育園を紹介することもできます。

猪熊 私も昨年次女を出産し、この2月から長女と同じ保育園に通園しています。保育コーディネーターに何度も相談しているうちにわが家の状況をよく理解してくれて、親身になってくれたんです。親にとって必要な情報を入手するためには、地域や行政とのコミュニケーションも大切だなと実感しています。

[保育コーディネーター]*
保育に関する制度や各種保育サービスに関する相談、待機児童へのアフターフォローなどを行います。
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多様化する子育て世代を苦しめる
「ママらしさ」のレッテル

菅原 一言で子育て世代と言っても10代から40代以上まで幅広いし、すごく多様化していると思います。最近「”ママに見えない”が最高のほめ言葉」「忙しくてもママ感を出さない」などと謳った女性雑誌の広告が炎上しましたよね。ママを否定するメッセージは良くないけど、女性自身がママであることを肯定できない環境であるとしたら悲しいなと思います。「ママだから子どもを優先すべき」「ママだから早く帰るべき」といったレッテルもいまだに残っているけど、「多様なママ」を社会全体で認めることが大事だと思います。

田村 社会が求める女性らしさとかママらしさに答えようとして、頑張り過ぎちゃう人も多いんですよね。仕事、育児、家事、すべて完璧にできる人なんてそうそういないのに、うまくできない自分を責めてしまうママは少なくありません。うまくできなくても自分を許して、周りも許してあげられる世の中になってほしいなと思います。

菅原 働くママって仕事のスキルもコミュニケーション能力もすごく高い人が多く、生産性も高い。できないのは残業だけ。なのに「残業できなくてごめんなさい」と謝られると、むしろこっちが申し訳ない気持ちになるんです。ちゃんと仕事できているのに「残業できないとダメ」と思わせているのかなと……。

田村 いまだに「子どもがいる女性は急に休むし残業できない」という古い発想で採用を控える企業があるのは残念ですね。家事や子育ては段取りが勝負だから、働くママは効率的に仕事を進めるのが上手。残業しなくてもちゃんと仕事をこなしている人はいっぱいいます。そういうママの特性を活かした職場づくりに取り組む企業がもっと増えるといいですね。

働きやすい職場のカギは「子どもの顔が見える関係」にあり!

白鳥 当社のママ社員は「時短で帰ると仕事のクオリティに影響するのがつらい」と言います。彼女の仕事はデザイン業務なので自宅作業を認めていますが、情報管理などの問題から在宅ワークを認めていない企業は多いですよね。社会や企業に根付いた仕事の概念が変わって在宅ワークが広がれば、子育てや介護による離職の抑制や業務効率アップにつながると思うのですが。最近、託児付きワーキングスペース「ママスクエア」が全国で話題になっていますが、これは職場と保育を一体化させるという発想から生まれたもの。まちなかで働くママの選択肢のひとつとして、札幌でも取り組んでみる価値はあるかもしれません。

菅原 まちなかに子どもの居場所を作るのは大賛成です。今までのオフィス街は子育てや介護の必要がなく仕事に専念できる人のまちだったから、子連れで通勤電車に乗ると睨まれたり、子どもが泣くと怒られたり、残業しない人が引け目を感じてしまっていたんだと思います。公共の場にいろんな人がいるのは当たり前。子どももお年寄りも障がいのある人も、多様な人が同じ場にいることを受け入れられるまちづくりが進んでいけば、札幌はもっと魅力的なまちになると思います。

田村 公務員の職場はもともと子育てに関する制度が整っているので、出産後も仕事を続けるのが当たり前。育休後は同じ部署に復職できるのでキャリアの分断もなく、産休・育休中の代替職員制度もあるので職場内の負担も少ないです。ただし配置は4月なので、年度途中で産休・育休に入ると他の職員にしわ寄せが行ってしまうことも……。

白鳥 市役所は男性にも育児休暇制度がありますよね。

田村 はい、ただ人数はまだまだ少ないですし、今のところ短期的に取得する人がほとんどですが。市役所は職場結婚が多く夫婦がお互いの仕事の大変さをよくわかっているので「家事や育児をするのは当然」と考えている男性が多いんです。若い職員の中には育休取得に前向きな人も多く、今後は男性が育休を取得して子育てに専念するケースが出てくるかもしれないですね。

菅原 うちの職場の男性職員も1カ月の育休を取得しました。普段からスタッフ同士がコミュケーションを取り合って仕事をオープンにしているので、彼がいない間はみんなで業務を分担し、育休明けのプロジェクト復帰もスムーズでした。彼が職場主催のイベントに家族を連れてくるのがまたうれしいんです。職場のみんなが子どもたちをよく知っているので、子育てを応援する雰囲気が自ずと生まれています。今までは仕事とプライベートは切り離すのが当たり前だったけど、既婚未婚を問わず互いの状況を理解し合うことで、働く人同士が助け合える職場をつくれるんじゃないかな。

田村 市役所でもひと昔前は職員同士が家族ぐるみで遊ぶことがよくありました。子どもの顔が見える関係が作られていると、子どもの成長をみんなで喜び合えるのがいいですよね。

知らないと損!
保育園以外の子育て支援サービス

猪熊 子育てに関して気になるトピック、あったらいいなと思う施設やサービスがあったら教えてください。

白鳥 大通エリアにある「まちなかキッズサロン~おおどりんこ~」*は、まちなかの子育てサポート施設としてとてもいいなと思います。

猪熊 札幌市を中心に、北広島や石狩で活動している子育て支援ワーカーズ*による子育て支援拠点事業としておもちゃや絵本があって遊べる“自主広場”が開催されています。子育て支援ワーカーズは幅広い世代の人がいて、いろんな遊びを教えてくれたり、親子ともにたくさんの気づきが得られるのがいいなと思います。保育園や幼稚園に通い始める前に親以外の大人と接するトレーニングにもなります。こういった支援事業をされている方々も保育園と同様に、子供と接する人材の確保は難しくなってきているのではないかと思います。

田村 先ほども言った通り、保育に関する担い手不足は大きな課題です。保育園不足が続いているのも保育士を確保できないから。「保育の仕事は大変」「給与が低い」というイメージも影響しているようですが、やりがいのある素晴らしい仕事なのに残念です。

白鳥 ツイッターの「保育園落ちた、日本死ね」というつぶやきが大きな社会問題になったのに、まだ状況が変わってないんですか。少子化による人手不足が叫ばれているのだから、国はもっと保育士の待遇改善に動いてほしいですね。せめて保育士の業務を軽減するために、地域の高齢者に保育補助員としてサポートをお願いしたらどうでしょう?

田村 保育の現場に無資格の保育補助員が入ることにはまだ不安があります。保育士が見ていないところで万一事故があったら取り返しがつきません。ほんとうに難しい問題です。

菅原 海外のベビーシッターのように、保育園以外に子どもを預ける選択肢がもっと増えるといいのかな。

田村 札幌市には、ベビーシッターではないんですが、「さっぽろ子育てサポートセンター」*という会員組織があり、事前登録するとボランティア会員による子育て支援が受けられます。習い事の送り迎えや冠婚葬祭の際の預かりなど、ひと昔前なら親や近所の人に頼んでいたことを低料金でやってもらえるので、実家が遠方の人や転勤族の人などには便利な選択肢のひとつだと思います。

菅原 働くママだけじゃなく、専業主婦の方にもどんどん利用してほしいですね。「専業主婦なのだから子どもの面倒を見るのが当たり前」と思われがちで、本人も託児サービスを利用することに罪悪感を抱いていることが多いんです。何でもひとりに抱え込んで苦しむより、いろんな人に助けられて生きていることを実感すれば子育てが楽になるはず。

田村 子育ての負担を小さくするための仕組みや制度は結構たくさんあるのですが、知らないために活用できずにいるのはもったいない。札幌市では子育て情報にすばやくアクセスできる「さっぽろ子育てアプリ」*もご用意しているので、うまく利用して子育ての負担を少しでも減らしてもらえればと思います。

[まちなかキッズサロン~おおどりんこ~]*
市内全域にある子育てサロンのまちなかバージョンとして誕生。土・日・祝も開館しているので、パパに子どもを預けてママがゆっくり買い物を楽しむこともできます。
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[子育て支援ワーカーズ]*
NPO法人「北海道子育て支援ワーカーズ」は、お母さんの不安や悩み、子育て家庭の問題を解決するために地域で支えあう活動を行っています。道内11団体で構成されており、家庭に密着した個人保育から集団保育まで、ニーズに応じた保育サービスを提供しています。
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[さっぽろ子育てサポートセンター]*
地域の有償ボランティアと子育ての支援を受けたい人とにより会員組織を作り、地域の会員相互で子育て家庭を支援する仕組み。0歳~小学校6年生の子どもがいるすべての家庭が対象で、子ども1人につき30分350円(2人目以降のきょうだいは150円)で利用できます。会員登録は各区の保健センターで受け付けており、「子育てサポートセンター事業」「こども緊急サポートネットワーク」「病後児デイサービス事業」の登録手続を一括して行うことができます。
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[さっぽろ子育てアプリ]*
札幌市の子育て関連情報のほか、予防接種スケジュールの管理や子育て日記機能なども手軽に利用できるアプリです。
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仕事も子育ても
自分らしく楽しめるまちを、
一緒につくっていこう

白鳥 皆さんのお話を伺って、子育てと働き方について男性も一緒に考えないといけないなあ、と改めて実感しました。今後は労働力の減少とともに保育に携わる人も確実に減っていくわけだから、札幌駅前通まちづくり(株)としてできることを模索していきたいですね。「ママスクエア」のような託児付きワーキングスペースの実現に向けた働きかけも含め、女性が働きやすいまちづくりを進めていけば、それがエリアマネジメントのブランディングになり、女性の雇用機会が増えてエリア全体の活性化につながっていく。そんな良い循環を作っていければと思っています。

菅原 2040年の札幌の人口ピラミッドは90代以上の女性が最も多いと予想されています。その女性たちがたくさんのやりがいと必要な分のお金で豊かに生きられる未来にするために、当たり前に子育てをしながら仕事ができて、自分らしくチャレンジできるまちをみんなでつくっていけたらいいですね。リラコワの拠点をもっと増やして、それぞれ特色あるスペースづくりをしながら互いに連携していければ、まちなかに新しい動きが生まれるかもしれません。

田村 すべてに共通するキーワードは「多様性」。働き方も子育ての仕方も人それぞれだし、さまざまな支援サービスを上手に利用しながら、すべての人が自分らしく生きられる札幌でありたいと思います。

猪熊 gurumiも皆さんのご意見を参考にしながら、これからのまちの子育てを考えていきたいと思います。本日はありがとうございました!

テキスト:佐々木美和 写真:辻田美穂子