男女平等ってほんとうですか?

「ジェンダー」の
モヤモヤを考える

gurumiメンバーは全員が子育てしながら働くワーキングママ。家庭内で家事を分担して頑張っているつもりですが、最近なんだかモヤモヤするのです。
保育園の連絡が来るのがいつもママだったり、巷ではママが子を預けての息抜き飲み会に非難が出たり、育休明けにキャリアダウンと感じる部署に回されたり。「男女平等」や「女性活躍」が当たり前のようにいわれる昨今ですが、実際は女性が格差を感じる場面が少なくないように思えてなりません。
メンバーは議論を重ね、やがて気づきました。このモヤモヤを解決するには「ジェンダー(社会的性別)」の視点が必要だ──そこで今回は、男女共同参画センターでジェンダー平等の課題解決に取り組む菅原亜都子さんにインタビュー。前編・後編の2回にわたり、ジェンダーのモヤモヤに挑みます。

菅原 亜都子さん

公益財団法人さっぽろ青少年女性活動協会
札幌市男女共同参画センター勤務

1979年札幌生まれ。2003年北海道大学教育学部卒業。卒業論文は「女子高校生における性別役割葛藤についての一考察」。同年、公益財団法人さっぽろ青少年女性活動協会に就職。6月に札幌市男女共同参画センター配属。

私たちは女性が生きにくさを抱えやすい社会に生きている。
ジェンダーを知ってショックを受けた。

菅原さんが現在のお仕事に就いたきっかけを教えてください。

もともとは幼い頃から学校の先生になりたかったんです。それで北海道大学教育学部に進学したのですが、たまたま選択した文化人類学の講義で「ジェンダー(社会的性別)」*を知り、すごくショックを受けたんです。それというのも、身近に生きづらさを抱える女性がいたから。
ひとりは私の母。いつも父の顔色を窺い、身内に電話するのも気を遣ってわざわざ公衆電話を使うような人でした。私はそんな母を見て「なんで堂々としないの?」「私はこうはなりたくない」と思っていました。 もうひとりは高校時代の友達。優しくて面白くてアートに詳しくて、すごくかっこいい女の子でした。でも大学に入って彼氏ができるとどんどん元気がなくなって、地味な服装になり、やがて学校に来なくなり、友たちにも会わなくなってしまった。実は暴力を振るわれていたんです。それを知った周りが「別れろ」と言っても聞かない。どうしてこうなっちゃうの?と疑問でいっぱいでした。 でもジェンダーを知ってわかったんです。女性が男性に支配されるのは本人のせいじゃない、私たちはそうならざるを得ない社会に生きていたんだ、と。それがショックで、もっとジェンダーについて知りたくて勉強を始めました。たまたま大学卒業の年に札幌市に男女共同参画センター*ができて入職し、今年で20年目になります。

*ジェンダー(gender)
生物学的な性(sex)に対して、社会的・文化的に形成される性別のこと。「男の子のランドセルは黒、女の子は赤」「お父さんは外で働き、お母さんは家事や子育てをする」など、社会の中でつくられたイメージや役割分担を指します。

*男女共同参画センター
女性や男性、すべての性が互いに人権を尊重し、責任を分かち合える社会の実現に向けて、都道府県や市町村等が自主的に設置する総合施設。札幌市男女共同参画センターではイベントホールや研修室、各種スタジオや実技・実習室などの有料レンタル、男女共同参画に関するイベントやセミナー、男女共同参画に関する活動を行う団体の支援、関する女性のための相談などの事業を行っています。

2014年、女性活躍推進の波が到来。
女性の人権や福祉が経済問題に変わっていった。

20年の間に社会の変化を実感されたことも多かったと思います。特に印象的だったことはありますか?

最初の変化の波は2008年のリーマンショックあたりですね。世界経済が打撃を受け、持続可能な経済に向けて女性をはじめとしたダイバーシティ促進の流れが国際的には顕著になってきました。
そして2014年、第2次安倍内閣が推進した「女性活躍」加速のための法律や施策*はインパクトが大きかったですね。それまで男女共同参画センターが取り組んでいた女性の人権や福祉の問題が、経済の問題に取って変わったと感じました。企業や経済団体、経産省から声がかかることが多くなり、仕事の内容がガラリと変わりました。
それまでセンターに来るのは女性と子どもばかりで、もっと男性や企業に興味を持ってほしいと思っていたんです。それが突然「一緒に仕事やりませんか」と言われるのは、うれしいような戸惑うような……当時たまたま札幌に来てくださった上野千鶴子さん*に相談したら「一度乗っかってみなさい。でも乗る側より乗せる側の方が巧妙だから、信頼できるアドバイザーを置きなさい」と言われたんです。その言葉に背中を押され、面白そうという気持ちと怖さが半々の気持ちで乗ってみようと腹を決めて飛び込みました。

*女性活躍推進政策
2014年、第2次安倍内閣が「女性の活躍推進」を柱とした新たな成長戦略を閣議決定。2015年に「女性活躍推進法」が成立し、働きたい女性が活躍できる労働環境の整備が民間企業に義務付けられました。

*上野千鶴子
東京大学名誉教授、認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長。日本におけるフェミニズム、ジェンダー研究のパイオニアとして知られています。2019年の東京大学の入学式で述べた祝辞は「歴史に残るスピーチ」として大きな反響を呼びました。

ジェンダー平等と女性活躍、どっちも大切。
SDGsや#MeTooが社会の意識を変えた。

企業や行政と連携して取り組みを進める中で、女性活躍推進に対する意識の変化はありましたか?

思いきって波に乗ってみたものの、気持ちがザワザワすることが多かったですね。企業で働く女性管理職のネットワークを広げたいと思い、いくつかの企業に相談に行ったことがあります。「女性は優秀だし努力家が多い、今までがおかしい」と発言される経営者の方もいましたが、中には「女性に下駄を履かせるのはちょっと……」とおっしゃった男性管理職もいました。「納得してないけど政策だから仕方なくやっている」という企業や男性管理職は少なくなかったと思います。さらに「女性活用」とか「輝く女性」といったスローガンの登場に、女性が置いてけぼりにされているような気持ちになることもありました。 でも、2015年のSDGs*、2017年の#MeToo*あたりから世の中の雰囲気が変わってきました。第2次安倍政権の女性活躍施策以降は女性の人権や福祉の問題が経済問題にとって変わってしまったけれど、「女性の人権問題の解決が持続可能な社会に直結する」という潮流が生まれ、「人権も経済もどっちも大事だよね」「むしろ人権をちゃんと守らないと経済の持続性ないよね」という機運を醸成していったんです。それに伴って私の中のザワザワもだいぶ減ってきて、ジェンダー平等も女性活躍もまだ実現していないけど、どっちも大事と堂々と言える気持ちになってきました。

*SDGs(Sustainable Development Goals)
2015年に国連総会で採択された、持続可能な開発のための17の国際目標。「Leave No One Behind(誰一人取り残さない)」をキーワードに、2030年までに貧困や飢餓、暴力がなく、人権が守られた持続可能な世界の実現を目指すものです。 17の目標のうち5番目には、世界人口の半数を占める女性と女児の差別撤廃とエンパワーメントを目指す目標「ジェンダー平等を実現しよう」が掲げられています。

*#MeToo
セクハラや性的犯罪などの性被害体験をSNSなどのオンライン上で告白・共有するためのハッシュタグ。2017年、アメリカの女優アリッサ・ミラノのツイートがきっかけで全世界へ広がり、女性だけでなく男性やLGBTQ+の人々からの告白も多数ツイートされています。 日本でもジャーナリスト・伊藤詩織さんが性被害を告発し、MeToo運動の先駆けとなりました。しかし長きにわたり「女性の我慢は美徳」としてきた日本のMeToo運動は、世界的潮流とは大きな隔たりがあると言わざるを得ません。

若者、女性、企業、男性。
ジェンダー意識は人々をどう変えたのか。

社会の変化は人々にも変化をもたらしたのでしょうか?

私がジェンダーを学んでいた時は、ウーマン・リブといった女性運動を実践したり、女性学を研究されてきた先輩女性に教わるという感覚でした。今は、子育てとの両立やLG B T Qなどさまざまな話題において、若い世代が男女問わず自分ごととして捉えていると思います。日本はジェンダーギャップ指数*が先進国で最下位ですが、「遅れている日本が嫌だ」「学校や職場で男女格差を感じてモヤモヤする」と感じてセンターを訪れる若者が増えてきたし、高校生や大学生が授業の一環でインタビューに来ることも多くなりました。

*ジェンダーギャップ指数
世界各国の経済・政治・教育・健康の4分野に関する男女格差を数値化したもの。世界経済フォーラム(WEF)が毎年公開しています。2022年の日本の総合スコアは0.650、146カ国中116位でした。G7諸国の中では最下位、アジア諸国の中では韓国や中国、ASEAN諸国より低い結果となっています。

私たちが感じているモヤモヤを若い世代も感じているんですね……企業で働く女性たちはどう感じているんでしょう?

男女共同参画センターでは企業向けの女性リーダー養成研修を運営しているんですが、以前は参加する女性たちがみんなイライラ、ピリピリしていました。「今まで女の私たちを尊重してこなかったのに、“女性活躍”を進める必要があると言う理由で、女だからと言うだけで研修に行かされる」「研修に参加したからといってなんの意味があるのか」という、今まで尊重も信頼もされていなかった怒りが張り詰めていて、怖いほどでした。それだけの悔しさ、理不尽さがあったのだと思います。でも5カ月の研修を体験すると、みんな変わってくるんです。「私より若い女性に受けてほしい」と次世代に引き継いだり、若い世代は研修に参加するのが当たり前になって「どうせ受けるなら今の仕事に生かしたい」と貪欲になったり。働く女性が「仕事か子育てか」の二者択一を迫られるのではなく、「仕事も子育ても当たり前に頑張りたい」と言える雰囲気になってきたように思います。
センターの研修では、研修を終えた人が「ギバー(giver:与える人)」としてグループワークをサポートする仕組みを取り入れています。ギバーって、自らの経験を与えつつリーダーシップを養う有効な方法なんですよ。うまくギブできなくて「私がいる意味ある?」と悩んだり、全部仕切ろうとして失敗したりしながら、職場における部下に対するスタンスを学んでいくんです。

「ギバー」っていい方法ですね!ところで菅原さんの気持ちをザワつかせていた男性管理職は変わりましたか?

女性リーダー養成研修では初日と最終日に、参加者の上司を連れてきてもらうことにしています。以前は土日や平日夜にキャリアセミナーを実施していて、熱心なリピーターの女性たちもいたのですが、「学びを活かしてリーダーとして活躍している」と自信をもって言う方はいらっしゃらなかったんです。彼女らの上司たちは、彼女らがこんなに勉強していることを知らないと言うんですよ。それをすごく疑問に感じていたんです。だから今は「みんな、会社の名前を背負って参加しているんだ!」「女性社員に研修を受けさせただけで終わると思うなよ!本当に変わるべきなのは、女性社員ではなく企業や上司である」という思いで研修を実施しています(笑)。小さなことの積み重ねですが、働く女性たちの学びの場に巻き込むことで、男性管理職や企業にも気づきをもたらすことができればいいなと思います。

〈後編へ続く〉

テキスト:佐々木美和 写真:辻田美穂子