インタビュー

子どものあるなしに関わらず、
普通の暮らしを享受しながら
働ける社会に。

CASE 5

ひいずみあやこ

樋泉 綾子 さん

(40歳/札幌市出身)

プロフィール

  • 家族構成

    夫 + 長男(5歳)

  • 職業

    キュレーター(団体職員)

  • 勤務先

    公益財団法人 札幌市芸術文化財団
    市民交流プラザ事業部

10月7日にオープンした札幌市民交流プラザ。その1・2階にある「札幌文化芸術交流センター SCARTS」が樋泉さんの職場です。樋泉さんは市民の文化芸術活動に関する相談や情報提供などのほか、美術館学芸員としての経験を活かして展覧会の企画などを行っています。
「好きなアートの世界で働けて、家族と一緒にご飯が食べられて、子どもが屈託なく笑う顔が見られて。まあまあいつも幸せですね」と笑う樋泉さん。オープンしたてのSCARTSでお話を聞きました。

学芸員の夢をかなえて
遠距離婚を選択

「高校時代は美術部で美術系大学を目指していましたが、先生のアドバイスもあって文学部に進学。芸術学を専攻し、学芸員になりたいと思うようになりました。夢を目指して大学院に進学したものの就活で大苦戦。修了後も求職活動を続け、札幌芸術の森美術館の学芸員として採用されました。その後札幌彫刻美術館を経て昨年春に市民交流プラザ開設準備室に異動し、現在に至ります。
学芸員として展覧会を企画する上で、過去に生きた作家や作品に向き合うことの魅力や意義も感じますが、私はどちらかというと同じ時代を生きている作家の方々とコミュニケーションをとりながら展覧会を作りあげていくのが好きなんです。SCARTSでも生身の人と接する仕事が多いので面白いですね」

―学芸員は狭き門と言われますが、機を待って夢をかなえたんですね。結婚・出産はいつ頃?

「学芸員になって2年後に結婚。夫が東京勤務で、私も仕事を辞めるつもりはなかったので、しばらく遠距離婚でした。夫はいずれ北海道に帰りたいと思っていたので、妊娠を機に札幌にUターン。結婚して5年後にようやく同居がスタートしました。美術館も今の職場も暦通りの休みではないですし、土日が休みでも仕事柄プライベートで展覧会を観に行くことも多いので、みっちり家族と過ごすことは少ないかもしれないですね」

共働きの現実に気づいた夫が
強力サポート!

―樋泉さんが不在の時、お子さんの面倒はご主人が?

「はい。夫はすごく子煩悩で、子どももよく懐いているんです。男の子って片時もじっとしていなくて、私がついていけなくなることがありますが、男同士で波長が合うのか、楽しそうに遊んでいますね」

―ご主人が積極的に子どもと関わってくれるとお母さんも助かりますね。

「夫は『イクメン』という言葉が大嫌いで、父親が子育てをするのは当たり前だという考えです。でも子どもが生まれたばかりの頃は今のように協力的ではなくて、私が子どもの世話に追われている横でスマホを見ているなんてこともしょっちゅうありました。夫はその頃仕事も忙しかったので、育休中で家にいる妻に任せればいいと無意識に思っていたんだと思います。私は面と向かって文句を言うのも疲れるので何も言わずに、きっと相当なイライラオーラを放っていたはず(笑)。その後私が仕事に復帰し、夫は初めて『夫婦ふたりでやらないと家事も育児も回らない』と実感してくれたようです。それからは「買い物に行ってこようか」など、だんだん自発的に動いてくれるようになりました」

―夫婦共に働いていれば、家事も育児も共にしないと回らない。それを言っても理解してくれない夫にイライラしている妻は少なくありません。言われる前に気づいたご主人、グッジョブ!

「いま思えば不思議だけど、以前は『全部自分でやらないといけない』と思い込んでいたふしがありました。でも復職して忙しくなってきて、物理的に無理だと気がついた。その頃夫が『イライラして子どもと向き合う時間がなくなるくらいなら、俺が家事をやるから子どもと遊びなよ』と言ってくれたんです。その一言で力が抜けて『全部自分でやらなくてもいいんだ』と思えるようになりました。市民交流プラザのオープン前はものすごく忙しくて、週2日は終電ぎりぎりまで残業していましたが、その間に夫が早く仕事を上がってお迎えや夕食、寝るまでの世話をしてくれて、ほんとうに助かりました。夫は料理好きで、朝食も作ってくれるんです。最初は私が作っていたんですが、子どもの世話や自分の身支度でいっぱいいっぱいになっているのを見かねて『男は身支度に時間がかからないから俺が朝食を作る。その間にきみは自分のことをすればいいよ』と言ってくれたので、今はすっかりお任せです」

―ご主人……夫の鑑です!相手が忙しい時には自分ができることを手伝う。これって社会では誰もが自然にやっていることなんですよね。男性も女性も「子どもの世話や食事の支度はお母さんの役目」という思い込みを手放してみてはどうでしょう。そうすればお母さんのイライラが減ってニコニコが増えるし、お父さんにとっても子どもと過ごす時間が増えて妻にも感謝され、決して悪くないはずです。

「早く帰るのが申し訳ない」
なんて健全じゃない

―家庭内の強力なサポートで好きな仕事を続けてきた樋泉さんですが、職場のサポートはどうでしたか?

「私の職場は子育てに理解があり、子どもの急病などでも嫌な顔をされずに休みを取ることができたので、とても恵まれていました。ただ、私は残業できる日が限られていて、私が帰ったあとに働いている人に対して申し訳ない気持ちになってしまう自分がいます。それって健全じゃないなと思うんですよね。自分も含めて日本人はみんな働き過ぎ。踏んばらなくてはならないときももちろんありますが、子どもがいてもいなくても、誰が早く帰っても何とも思わない社会になるといいのに、と思います。 9月6日の北海道胆振東部地震で、その思いをいっそう強くしました。停電などで何日か仕事がストップしたけど、それほど大きなダメージではなかった。むしろもう少しアクセルを緩めて、いざという時に家族を守れるだけの余力を蓄えておかなきゃいけないな、と。時間がたっぷりあって、家族で近所を歩き回って、ありあわせで食事して、暗くなったら寝る。そんなシンプルな生活を経験したことで、普通の暮らしを普通にできる働き方が定着するといいなあと思いました」

―仕事が好きだからこそ出産前と同じように働けない自分を歯がゆく思ったり、引け目を感じてしまう気持ち、共感する人は多いのではないでしょうか。樋泉さんは「子どもが生まれてから時間は有限なのだと強く意識するようになった」と語ります。1日24時間、仕事の上に子どもという大切な存在が増えても時間は増えません。自分のベストなワークライフバランスを見つける第一歩は、人生の大切なものを見つめ直すこと。「子育てしやすい職場」のヒントは、すべての働く人が「普通の暮らし」を享受できる職場にありそうです。

樋泉さんのある一日

\こんなことも聞いてみた/

  • Q

    仕事と子育てを両立して良かったことは?

  • A

    いろんな人のいろんな立場を以前よりは想像できるようになりました。私は基本的に仕事が好きなので際限なく働くような所があって、以前は一緒に仕事する相手にも同じような働き方を求めていたふしがあったかもしれません。でも子どもができてからは、それぞれの事情があるのだからから働き方もいろいろあっていいと思えるようになりました。
    また、単純ですが「親子」や「家族」といった、それまでの自分にはないテーマで展覧会を企画するなど、母親になったことで仕事の幅も広がった気がします。

  • Q

    リフレッシュ法を教えて!

  • A

    ひとりの時間を持つこと。残業日は夫が子どもを寝かしつけてくれるので、帰りにちょっと寄り道してビールを飲みながら考え事をしたり、読書したりしています。

  • Q

    ママ友との付き合い、どうしてる?

  • A

    いわゆるママ友はほとんどいないけど、学生時代からの友人がママになって今も付き合いが続いています。子ども以外の共通項が多いので、「◯◯くんのお母さん」としてでなくひとりの個人として付き合えるのは居心地がいいですね。
    昼間働いていると地域のお付き合いがないのですが、9月の震災で声を掛け合ったり、なじみのお店がお惣菜を分けてくれたりして、近所付き合いのありがたみを実感しました。顔見知りが多いと子どもにも声掛けしてもらえる安心感があるし、これを機に地域との関わりを意識してみようと思います。

  • Q

    あったらいいなと思う施設やサービスは?

  • A

    早朝や夜間に診てもらえる病院があるといいなと思います。ちょっとした風邪などでも子どもを病院に連れて行くのにその都度仕事を休まなければならないのが大変なので。出勤前や退勤後に行ける病院があったらありがたいですね。

テキスト:佐々木美和 写真:辻田美穂子